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PUNKU BOI

PUNKU BOIのDVDが岸田さんより送っていただきました!!

岸田さんはRECORDerという巻頭からPUNKU BOIのロングインタビューと相当濃いめな雑誌を作ってる方です。

この場を借りてDVD送っていただきありがとうございます!

内容は見てからのお楽しみで~!


PUNKU BOIをCURRY NIGHTに呼びたいですね、DJ CURRYどうですか?

PUNKU BOI_d0106911_18303614.jpg

http://presilentnoise.blog98.fc2.com/
詳しくは↑まで。
【バイオグラフィー】

●1972年高知に生まれる。パンク&ニューウェーブ(もちろん、そこにはロック~ノイズ/ジャンク~歌謡曲/ポップスなど、ありとあらゆるものが含まれる)と、そこから派生するサブカルチャーに影響を受ける。

● 大学進学のため上京。軽音楽部に所属し、後のマルチプレックスのメンバーたちとスカム・ボーイズを結成。学園祭ライブに出たところ、たまたまそれを観てい た中原昌也に誘われ、暴力温泉芸者のライブメンバーになる。それがきっかけにボーカルやダンサーとしてDMBQ、コーパス・グラインダーズなどのライブに 参加、様々な悪行で物議を醸す。特にDMBQがマッドハニーの前座で出演した際のパフォーマンスは客の非難と罵声と歓声を浴び、一部では未だ語り継がれる 伝説に。ちなみにコーパス~のゼロとともに飛び入り参加した、92年12月のラウドマシーン5000の映像は西村茂樹『SHINY GHOST』(いぬん堂)で観ることが出来る。

●94 年夏、大学の授業に出てないことが両親にばれ、実家に強制送還。やることがないので、実家の押し入れで布団をひっかぶってベースを弾いて絶叫する傍ら、足 でMTRを操作しながら、こっそりデモテープを制作。他のメンバーが集まらなかったため、一人でパンクバンド、プンクボイを結成。名前の由来は怒髪天の増 子直純に「PUNK BOYを馬鹿な中学生がローマ字読みした感じで、プンクボイでいいんじゃん」と言われたことから。

● 同年暮れ、代々木チョコレートシティでライブデビュー。アンプの上でベースを弾きながら絶叫し、客はダイブとモッシュで暴動寸前。3回のアンコールに応 え、最後には店側に電源を切られる。目撃したボアダムスの山塚アイは「プンクボイ、「しょーもない、とんでもない、ろくでもない、なんでもない等々のモナ イ系のなかで、モースト・モナイだろう」(remix/95年4月号)と大絶賛している。

● 以降、オムニバス『Deernibus』から派生したムーブメント「鹿コア」の中心人物として知られるようになり、アナル・カントの前座や恵比寿MILK のオープニング・アクトなどを担当。また当時の人気番組『浅草橋ヤング洋品店』(テレビ東京系)に中原昌也、メルツバウ、湯浅学(音楽評論家)らと共に出 演。アンプの上からずっこけたり、突拍子かつ挙動不審な態度で共演のナインティナインをびびらせる。95年11月、前述のデモテープからセレクトした ファースト・アルバム『My Life Is Only Killing Time Between Masterbations』をレス・ザン・TVよりリリース。

●その一方で「山本精一の水道メガネ殺人事件」に参加したのをきっかけに、ツイン・ベース+ドラムという特殊編成のポスト・パンク・バンド、スカッシュド・カブスを96年結成。想い出波止場の前座でデビュー。

●また、芸能人大運動会に一緒に行ったり、宍戸留美を一緒に追っかけたりしていた旧知の掟ポルシェとロマンポルシェを97年結成。ロマン優光を名乗る。以後、こっちの芸名の通りの方が遥かに有名になる。

●その後、PUNKUBOI & HIS DIRTY GUNSとしてバンド編成になったりといろいろスタイルを変えていくものの、ロマンポルシェの人気上昇などで徐々に開店休業状態に。

●00 年、ASA-CHANG&巡礼の名曲「花」に参加。スーパーカー(当時)のフルカワミキやこだま和文のナレーションやストリングスとタブラの間を 縫うように叫び声をあげる。ただ、ちゃんとクレジットされているにも関わらず、この事実は身内にさえほとんど知られていない。

●02 年、PHEWのパンクバンド、MOST主催イベントへの出演や、BEYONDSのトリビュートアルバムへの参加を契機として、プンクボイを本格的に再始 動。ロマンポルシェ。の作曲用に友人から借りたローランドのシーケンサー、MC-303を使った打ち込みスタイルに移行する。

● それまでのパンク&NW/ハードコアの要素を感じさせつつも、妙にキャッチーでポップなトラックをバックに、カミソリで体を切り刻んだり、客席になだれ込 んで転げ回るなどの自虐的なパフォーマンスが一部の話題に。果てはヤングジャンプ連載のきたがわ翔『ホットマン』の中で、「暴力的なパフォーマンスが有名 なパンクス『ブンクボイ』」というキャラクターまで登場するが、ほとんどの読者には一切わからず。

●04年7月、ロマン優光名義でエッセイ集『音楽家残酷物語』(ひよこ書房)上梓。一時品切れ中だったが、増刷したため入手可→詳細

●04 年10月、西荻窪wattsで行われていたイベント「Toxic Punk Waste」の企画で、プンクボイ10周年記念イベントが行われる。対バンはANGEL.O.D、THE EARTH IS FLAT、POCA、TRADEMARKS、HARDCORE DUDE。小便と血とゴミが入り交じる壮絶なものに。

●05 年8月、レス・ザン・TV主催イベント「METEO NIGHT」の恵比寿リキッドルームで行われた第一部の終演後、第二部の会場である代官山UNITまで、お客を誘導しながらラジカセからバックトラックを 流し、移動式ストリートゲリラライブを敢行。駒沢通りをパニックに陥れる。ちなみにこの模様は「STUDIO GROWN」(スペースシャワーTV)で20秒ほど放送された。

●07年、結成13周年という忌むべき節目を迎える。CD-R『BREATHING OK』(PRE//SILENTNOISE)発売。



...なお、戦闘状態は常に継続中。

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Commented by Dr. DEEPPER' at 2009-10-07 10:09 x
>戦闘状態は常に継続

って。
ホント?
by oppa-la | 2008-09-04 18:34 | Comments(1)